まんがタイムきらら大好き!

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高山萌について、お話します。

ななどなどなど (1) (まんがタイムKRコミックス)

ななどなどなど (1) (まんがタイムKRコミックス)

  • 作者:宇崎うそ
  • 発売日: 2020/03/27
  • メディア: コミック

読んでない人は読んで。(懇願)




1.高山萌について
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8/26うまれ。スクールカースト上位の陽キャ。誰にでも分け隔てなく接し、面倒見がよく人望に篤いクラスの人気者。しかしてその実態は美の体現者・吉岡るるの狂信者にしてストーカー。小町がるると仲良くなったことをきっかけに、自身とるるの距離を縮めるため小町に接触。隠れ巨乳。前世では小町の前世と百合してた。



2.作品世界での役割

自尊心が傷つかないよう虚構を並べ物事に対し常に穿った姿勢で取り組む玉村小町、

憧れの青春生活をマイペースに全力でエンジョイする吉岡るる、

小町のフォローに入りながら楽しいことを純粋に楽しむななど、

るるの側にいることを主目的とする高山萌、

コミュニケーションの取り方が四者四様、コミュニティに属している目的すらばらばらな歪なグループ、このグループ内でのうまく回ってるんだか回ってないんだかわからん殴り合いのようなディスコミュニケーションが『ななどなどなど』の魅力の一つ。ひとつのやり取りの中に複数の思惑が絡んでいて、情報の洪水に脳が震える。宇崎うそ先生の卓越したセンスも相まって本当に楽しい漫画なんだよな。

 前提として高山萌は頭がおかしい(面ばかりフィーチャーされがちな)ので作品のカオスに彩りを添える狂言回し的な立ち位置ばかり期待されがちなんだけど、あくまでそれは一面。本当の役割は各々好き勝手な方向を向くマイペース三人娘をグループとして纏め上げるバランサーとしての立ち位置なんだよね。こいつ居なかったらいずれグダグダになる、は作者の談。吉岡るるしか見ていないようで、実は広い視野で世界を見渡している。光と闇が合わさりを地で行くキャラクター。この二面性に俺の脳髄は破壊され高山萌のことしか考えられない人間にされた。



3.「ヤンデレキャラ」としての高山萌
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 とはいえやっぱり高山萌はやべー奴である。小町を恐喝し、聞いてもいない吉岡るるへの想いを一方的にべしゃり散らかし、隙あらば盗撮、盗聴、果てはストーキングまでする始末。典型的な「ヤンデレキャラ」としての描写が目立つ。ここでいう「ヤンデレキャラ」とは、「行き過ぎた愛を抱えてしまったキャラクター」と定義する。

 一般に「ヤンデレキャラ」は行き過ぎた愛情を抱えるがゆえに、愛に付随する諸々の欲求——『関心』『庇護欲』『独占欲』等々――が増幅され、その末に奇行に走る。事実、高山萌も初めは「仲良くなりたい」「姿を見たい」「声を聴きたい」という純粋な欲求があっただけなのだろう。その想いが増幅され、あのようなモンスターが生み出されてしまったのだ。

 ……だが、それだけなのである。

 高山萌が吉岡るるへ見せる個人的な執着は、「吉岡るるとの繋がりを保っていられること」一点に絞られている。

 むろん、彼女に独占欲めいた欲求がないわけではない。
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 しかしその欲求を埋める手立ては、一方的な支配ではなく、「るる自身に認めてもらう」という健全な思考である。

 また、彼女は自分の愛に対する見返りを求めない。
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 ”行動”に対する成果が上がらずイラつくことはあれど、その矛先が(たとえ心中のみであっても)るるへ向かうことはない。

 なぜなら、彼女の愛の本質は「吉岡るるがこの世界に幸福に存在していること」——吉岡るるへの「奉仕」だからである。彼女の幸せが第一目的、他は自分のことすらもオマケ扱いなのだ。誰に促されるでもなく、ただ己の心の赴くままに吉岡るるに忠誠を誓い、彼女のために生きる。純粋で美しい、崇高な愛の形なのだ。どちらかといえばドルオタのそれに近い。

 そして、やはり彼女はやべー奴、常人ではない。常人はこれほど美しい愛情を抱けない。これは、高山萌という本当に清らかで優しい心を持った少女だからこそ辿り着ける領域なのだ。



4.「優しさ」と「賢さ」
 さて、先ほど「るるキチの高山萌」と「バランサーとしての高山萌」を指して彼女の二面性という表現をしたが、この二つも根っこでは彼女の「優しさ」で繋がっているのである。

 高山萌の八方美人な振る舞いや、小町たちとのグループを纏めることは、確かに吉岡るるとの距離を縮める目的もあるだろう。だが、その目的と同等くらいには、純粋な善意が含まれている。

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 不登校の小町のことを心配していたのはそのいい例。高山萌がるるに出会ったのは高校入学直後なので、吉岡るるという圧倒的な美に心を狂わされた後でも彼女の本質に変化はなかったということが証明できる。たぶん。高山萌が小町に近づいたのはるるとお友達になるためだが、不登校から復帰した小町におせっかいを焼きたかったという理由もあると思う。
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 そして、やはりこの「優しさ」にも彼女は見返りを求めない。「道徳的に善いことだから」という意識すら感じられない。彼女はただ心の赴くままに、やりたいように、周りに善意を振りまいている。困っている人を見過ごせない、面倒ごとにも関わっていきたい、根っからのヒーロー気質。作品が違えば主人公になっていてもおかしくない女なのである。(そういえば前世は魔法少女モノの主人公だったらしいが、当時の性格がある程度反映されているならば、合点がいく。)

 故に彼女の善は一方通行の暴力的なものになりがちだ。「他人のため」ではなく「己の欲望のまま」それを振るうからである。その独善を、彼女は己の聡明さですり合わせている。特に人の感情を読むのが異様に上手い。
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 るるだけでなく、強く主張すればなあなあで流されてくれる玉村小町のヘタレな性分も理解していたように思うし、クラス内でのやり取りでもきちんと人を見て、その人に合った最善の対応で付き合っていく。るるへの愛で暴走してしまっても、彼女は己を見失わない。常に広い視野を持って、周りの人が幸せになるよう計算して行動する。

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 このやり取り、高山萌のすべてが表されていてとても好き。「るるの幸せ」を第一に考え、「るると一緒にいたい」という自らの欲望も満たそうとし、るると自分の距離感を冷静に俯瞰し、細かい感情は割り切り、最善の選択を提示する。ついでに小町だけあぶれ者にならないように手も打っている。正しい人間の在り方がここに凝縮されている。


5.インモラル
 だが、その聡明さが時に仇となるときはある。というのもコイツ、人に迷惑かけなければ何やってもいいと思ってる節がある。
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 るるへの盗撮・盗聴も、確かにバレてないから本人に迷惑は掛かってないが、状況自体は普通に怖いし気持ち悪い。ヤンデレキャラが隠れ蓑になって見落としがちだが、高山萌のぶっ壊れているところはここなのだ。道徳規範がすっぽり抜け落ちている。漫画でよく見るぽんこつAIかな?やけに感情の割り切りが良い所があったりするところも相まって、一時期高山萌を「こいつもヒューマロイドなんじゃないのか……?」と本気で疑っていたことがある。

 小町にだけ妙に攻撃的なのは嫉妬心の裏返し、八つ当たりのようなものなんだろうが、「こいつなら攻撃しても大丈夫か」みたいな一方的な決めつけはあったような気もする。結果的に高山萌はグループに馴染み、小町は日々楽しそうなので、誰も不幸になっていないからいいんだけれど、それもまた彼女の恐ろしさの一つだ。



6.高山萌は幸せになれるのか?
 そんな一面も彼女の純粋さの一要素なので好きなんだけど、「人に迷惑をかけない範囲で楽しむ」という彼女の生き方は、ある意味常に人と壁を作りながら生きる生き方とも言えてしまう。迷惑をかけ合うのも人間関係の本質だからだ。

 彼女はるるに多くのものを与えようとする反面、るる自身からは何一つ求めない。ただそこに在る吉岡るるを愛で、鑑賞し、悦に浸るのみである。関係性の発展を望むも、それも「るるが自分を求めるように仕向ける」といった回りくどい方法だ。高山萌はるるに対し「距離を作られている」と嘆いたが、これも立派な関係の拒絶だと思う。
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 だから彼女はるるのことを名前で呼べない。告白もできない。どこぞの脳味噌桃色魔法少女に劣らぬ「誘い受け」気質なのだ。純粋で、聡明で、人間を愛するがゆえに彼女はそこから進めない。作中一心優しい少女でありながら、作中一哀れな存在なのだ。

 その例外が嶺と小町なんだろう。高山萌は彼女たちには壁を作らない。本音で話し、協力を取り付け、共に過ごす。彼女は嫉妬以外の悪感情を見せることがほとんどないので、彼女たちの存在がどれほどの救いになっているかは知る由もないが、彼女らもまた、高山萌のひとつの心の拠り所なのだと思う。そうだといいな。

 

 生きたいように生き、やりたいようにやる、その結果見える心の本質が、まわりの人の幸せを願い、一人の少女に跪き忠誠を誓う美しい優しさの権化。それが高山萌である。だからこそ俺は彼女の生き様を尊く思う、かくありたいと願う。
 彼女が自分の幸せよりも他人の幸せを願ってしまう少女であるならば、俺が彼女の幸せを願おう。
 
 どうか報われてくれ。